あの3.11から3か月余り経ちました。
まだまだ震災の爪痕は深く残っています。
ニジノワムラのメンバーも東北へボランティアに行ったりしていますが、被災地の方々の心の平穏が戻る日が早く訪れますように。
私たちは、悲観的になりすぎず、毎日楽しく笑顔で暮らすこと、それが大事。
大事MANブラザーズ。
忘れることはないと思いますが、震災の日のことを記しておこうと思います。
3月11日、私はボリビアの旅から帰国する当日で、ちょうど成田に着陸する30分前に地震が起こりました。
機内には、成田空港が地震の影響で閉鎖されたため着陸できないというアナウンスが流れ、名古屋上空を旋回したあげく、関西国際空港まで行ってようやく着陸しました。
そして、航空会社が手配してくれたホテルへ連れて行かれ、1泊して翌日の夕方に成田へ戻るということに。
乗客はそんなに大きな地震だとは誰も思わず、機内で航空会社の文句を言う人もたくさんいましたが、深夜にホテルに着いてテレビをつけて、ようやく事の深刻さに震えました。
旅の疲れ満載で帰ってきたけど、ちっとも眠れやしない。。
ちょっとしたらメールが届き、ニジノワムラも私が住んでるバウハウス南千住のシェアメイトも安否確認をしてくれていて、みんな無事だってわかってとりあえずはホッとしました。
メールとtwitterからは、職場から家へ帰れないとか、コンビニから食料が消えたとかの情報が入ってくるけど、この隔離されたホテルでは何もできずソワソワしながら携帯とテレビを見るばかり。
ニジノワムラの住人も、誰も職場から家にたどり着けてなくて、築50年のニジノワムラの建物自体、無事にみんなを迎え入れられるのかどうかも不安。。
家はきっとバーのお酒が棚から全部落ちて、床は割れたビンだらけ、酒浸しの大惨事なんだろーなー。と想像してました。
この瓶たち↓
最初に帰った人、気を付けてね。とメールすることしかできない。すまぬ。
その後、深夜2時頃に最初に帰宅したヒデから送られてきたメールを見て拍子抜け。
落ちたのはカボチャのみ。
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家の被害この程度。
うーん、意外と木造の建物って強いのかな。
この震災で、シェアハウスの良さを再確認しました。
家族や会社から連絡があるのはもちろんだけど、シェアハウスでも何かあったときに気遣い合う、もう1つのコミュニティがあることの安心感たるや。
家に帰っても一人だととても心細かったんだろうなぁ。
余震が来るたびにリビングに出てきて顔を合わせるだけでちょっと不安がやわらいだもん。
ニジノワムラでは、震災の翌日にみんなでリビングに布団を敷いて寝たそうです。
ハムスターみたいね(笑)